020.合わせ鏡





――私が殺した男は、私にそっくりでした。




夜になると男は枕元に立ちます。
酷い事をする訳ではないのです。
ただ私を見下ろしているだけ。表情は寛いだ様子にさえ思えます。
男の眼は細く、艶消しの黒で、視線が、辿る跡に糸を引くように
滴を垂らして。私の四肢は先端から融け出して寝具の中で形を失い
重みも浮遊も区別ない自在さで身体を包み締め付け伸び上がりながら
けれど男に向かうことはなく、夜が明けるのでした。



男を、随分愛おしんでいたように思い起こすことがあります。
同時に随分憎んでいたのだ、と付け足そうとしますが、
どうもそうではない。憎しみの想起は既に不可能で、
男の造作や身体つきを覚えていても声や性質が浮かばないのと
同じこと。私は男の名や声や情欲よりも、その容れ物を
選んだのですから、自然のなりゆきとも言えましょう。
私は男の器に男しか存在し得ない事実に、苛立ち憤り絶望し
懇願と錯綜と叫喚とを経て、
男を殺しました。

……名と声と言葉を失った男は、夜毎私を訪れます。
粘り透き通る視線と共に。完璧に対称な微笑を携えて。
男の眼差しで私は液化し、横溢し、この器から流れ出て
そう、言葉が私から乖離していくことを知ります。
名など私も疾うに捨てていた。奪われようと望んでいました。
私は男の唇が言葉を紡ぐのを待っています。繰り返される夜に、
融和した私から掬い上げた音の破片で、私を覆う粘膜を断ち切り
鏡のような瞳と冷淡と平静を以て男が語るのを、
私達の世界を一転させる対称の真実を、




「――殺したのは私だ、」という宣告を。