陽だまりの場所 
  
                          
                               
 電車に乗ると、隣に陽だまりができるようになった。偶然ではない。暖かそうだと思い傍に寄ると、同じ分だけ
陽だまりも動く。どう考えても日陰になるはずの席に腰かけても、やはり隣は陽だまりである。吊り革につかまっ
ていても、手すりに凭れてうとうとしていても。私の隣だけは、いつも明るく、暖かかった。
 「物の怪じゃない?」
 「何かの怨念よ。生霊ね」
 などと友人たちは好き勝手を言ったが、こんなに晴れ晴れとして温かい怨念があるだろうか。友人たちが私を
見てふざけている時も、光は私に近付くでもなく遠ざかるでもなく、一定の距離を保って大人しくしていた。あまり
に控えめな様子なので、友人たちも次第に興味を失い、空気のような存在として受容していった。



 私自身も不思議ではあったのだけれど、やがて慣れた。無害なのだ、それに何かに寄り添われているという感
覚は悪くない。友人と喧嘩したときや進路がうまく決まらないときなど、駅へ向う足取りが早くなることさえあった。
陽だまりは相変わらず私の「隣」を保ち、中に迎え入れてくれることはなかったが、それが良いと思ったりもした。
 ただし陽だまりは、私以外の人間には冷たいのだった。恋人ができ、彼と一緒に通学していた数ヶ月間は、陽だ
まりは隣にやってこなかった。消えもしないが、二歩か三歩の距離を置いた場所に留まっている。ときどき思い出し
たように足元に寄せ、すぐに戻る。一度は勢い余ったのだろうか、ふとした拍子に私の爪先をかすめた。
「あ」 
思わず声をあげると、彼は怪訝そうに視線を落とした。そして何だよ、と呟いた。
 暫くして彼とは別れてしまった。



 卒業式の日、私は綺麗に髪を整えて電車に乗った。学校は自宅から遠いので、最終の乗り換えであるこの沿線を
使うことはもうない。食事に誘う友人を丸め込み、いったん帰宅した後に集合する約束をしてから、時間をずらして一
人で帰った。
 電車は空いていて、腰かけた私の隣はやはり陽だまりだった。身内ではない、他人ではない人がそうするように、き
っちり一息の間を空けて隣に来ている。
「卒業しました」
 筒を掲げて報告してみたが、そよとも動かない。席を詰めると、詰めた分だけ逃げる。
「強情なんだから」
 私は笑った。色々あったね、そう言いながら戻った光に手を伸ばすと、光は、一瞬だけ揺れてから僅かに私との距離
を詰めた。指先だけを浸して、暫く温もりに触れていた。



 








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