未明




 来年の手帳を買った。
 
 未来の予定を書き込むためのその冊子には、なぜかdiaryという題字が
ついていて、既に過ぎたこの年最後の数ヶ月分のカレンダーが載せられて
いる。晩秋から準備良く手帳を購入するひとに合わせたのだろう、だから
私は、暮れも押し迫って買った人種だけれど、時間を遡って初めのページ
から丁寧に予定を埋めていく。本当に日記を書くみたいだ。可笑しい。
 「Nと食事」「バイト五時から」。短い言葉でも、綴るうちに記憶が蘇る。
正面で見せつけた糸目の笑顔や、動詞の活用さえ覚えていないけれど健気
な受験生。共通しているのは、埃っぽいざわめきや明るい照明の中で途方
に暮れていた私だ。何だか今年は困ってばかりいた。青い、と微笑すれば、
そのときの私は薄青の影になってふわりと背後に立ち昇る。
 焦燥、憧憬、切望、不安。連なる出来事は切り離された文字となって紙
面に固着し、取り付く対象を失った感情もまた、鮮烈だった色彩を薄れさ
せながら空中へと漂い出る。私は手を止めないままで、広くはない自室に
充溢したそれらの気配を感じている。「今年」が残り数時間となった頃に
記録をつけるのは毎年の習慣だった。ある者が涙で、ある者が祈りで飾る
その行為を、私は文字を並べることで遂行する。頭上でひしめく影たちは、
金茶や薄紅の輪郭を滲ませながら時が来るのを待っている。
 最後の日付に辿り着くと、私は目を閉じて躰の力を抜く。やがて鐘の音
が響き、百八回の葬送が始まる。